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管理された静かな森 ④

last update Huling Na-update: 2025-05-31 13:27:53

 夜が明けると、リノアたちは再び歩み始めた。

 セラがふと足を止め、森を見上げる。

「懐かしい。アークセリアの森だ」

 セラが弾むような声で言い、目を輝かせながら深く息を吸い込んだ。

「やっぱり、ここの空気は違う」

 樹々が等間隔に並べられ、空気が澄んでいる。原生林の荒々しさとは異なる規則的な美しさだ。

 人工的に管理された森──

 リノアは、ゆっくりと視線を巡らせた。

 クローヴ村の森が持つ野生の混沌とは対照的に、ここはまるで絵画のように整っている。

 自然の息吹があり、美しくもある。しかし、何かが欠けているように思えてならない。

 道に伸びる枝が旅人たちの邪魔にならないように無残に切り取られている。その姿は歪だ。

 管理が徹底している──

「何だか、静かだね」

 エレナが眉を寄せて、森の奥に目を凝らした。

 鳥の声が聞こえない……

「うん。虫も少ない。クローヴ村の森なら、この時間でも羽音や這う音がするのに。来る時も思ったけど、動物の気配も薄かったよね」

 リノアにとっては初めて見る光景だ。

 新しい世界への入口。これまでとは異なる空気が流れる場所──

「森を美しく保つために、動物の数を調整してるんだって。初めて来た時は私も驚いたけど、この静けさが舞台の空気を引き立てるの」

 リノアはセラの瞳に宿る輝きを見て、ぎこちなく微笑んだ。

「確かに、この森なら安心して歩けそうね」

 エレナの言葉には、ほのかな安堵が滲んでいる。

 人が住む場所が広がるにつれて、安全面への配慮がより重要になっていく。きっと仕方のないことなのだろう。それに都会に住む人たちは本来の森の姿をそもそも知らないはずだ。求めていないのかもしれない。

「原生林はどこにあるの?」

 リノアが問いかけると、セラはわずかに首を傾げた。

「原生林?」

「人の手が加えられていない森のこと」

 リノアはその言葉に想いを込めるように言った。

 セラはしばらく考え込むように森を眺め、それから静かに答えた。

「ほんの一角だけなら残ってる。だけど、中には入れないかな」

 どこか遠い世界を想うようにセラが話した。
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  • 水鏡の星詠   管理された静かな森 ⑤

     夜明けの光がアークセリアの管理された森を淡く照らし、整然と並ぶ木々の葉が朝風にそよぐ。 険しい獣道はすでに遠ざかり、人工的に管理された森の静寂が広がっている。 リノア、エレナ、セラの三人は整備された道を進んだ。 遠くで聞こえていた鳥の囀りはいつの間にか途絶え、草むらを揺らす小さな生き物の気配も消えている。時折、獣道で見かけた獣たちの足跡すら見当たらなくなった。 木々の間を抜ける風は穏やかだが、そこに生命の気配は欠片もない。 木々は相変わらず等間隔に立ち並び、その枝は旅人を迎えるようにしなやかな弧を描いている。「ここまで見通しが良いと、野生の動物は住めないだろうね」 クローヴ村の混沌とした空気が懐かしく思える。 クローヴ村の森では、風が葉を揺らす度に小さな生き物が跳ね、枝葉の奥から好奇心を帯びた瞳が覗いていたものだ。けれど、ここでは目を凝らしても動く影はない。「絵画みたいに綺麗でしょ」 サラが柔らかな微笑みを浮かべた。 朝の光に照らされた森は、どこを切り取っても計算された構図のように整っており、非の打ち所がない。 ここではすべてが計算され、秩序の中に美が宿っている。 きっとアークセリアは森を一つの芸術作品として捉えているのだろう。 セラが軽やかな足取りで進んで行く。「木々の配置も、風の流れも、すべて計算されてるの。アリシアが舞台で踊った時なんて、まるで森全体がアリシアの動きに合わせて息づいているようだったんだよ」 セラは静かに目を閉じ、記憶を辿るように言葉を紡いだ。「舞台って、森の中で踊るの?」 エレナが問いかけた。「ううん。森の中ではないけど、背景の壁を取り払った劇場かな」 セラが微笑んで答えた。「アークセリアの舞踏会。早く観たいな」 エレナが目を輝かせながら言った。 エレナはアリシアがクローヴ村で舞う度、食い入るようにその動きを追っていた。舞踏の優雅さ、表現の力──それらに魅了されていたのだと思う。 リノアはアークセリアの方向へと視線を向けた。 道はさらに開け、なだらかな石畳の坂道の先に、白い石壁が朝陽を受けて柔らかな輝きを放っている。 生き物のざわめきが消えた森の終点──人工の美が極まる街が目の前に迫っている。「どんな街なんだろう」 リノアが呟いた。 三人は互いに視線を交わすと、城門に向かって歩き出し

  • 水鏡の星詠   管理された静かな森 ④

     夜が明けると、リノアたちは再び歩み始めた。 セラがふと足を止め、森を見上げる。「懐かしい。アークセリアの森だ」 セラが弾むような声で言い、目を輝かせながら深く息を吸い込んだ。「やっぱり、ここの空気は違う」 樹々が等間隔に並べられ、空気が澄んでいる。原生林の荒々しさとは異なる規則的な美しさだ。 人工的に管理された森── リノアは、ゆっくりと視線を巡らせた。 クローヴ村の森が持つ野生の混沌とは対照的に、ここはまるで絵画のように整っている。 自然の息吹があり、美しくもある。しかし、何かが欠けているように思えてならない。 道に伸びる枝が旅人たちの邪魔にならないように無残に切り取られている。その姿は歪だ。 管理が徹底している──「何だか、静かだね」 エレナが眉を寄せて、森の奥に目を凝らした。 鳥の声が聞こえない……「うん。虫も少ない。クローヴ村の森なら、この時間でも羽音や這う音がするのに。来る時も思ったけど、動物の気配も薄かったよね」 リノアにとっては初めて見る光景だ。 新しい世界への入口。これまでとは異なる空気が流れる場所──「森を美しく保つために、動物の数を調整してるんだって。初めて来た時は私も驚いたけど、この静けさが舞台の空気を引き立てるの」 リノアはセラの瞳に宿る輝きを見て、ぎこちなく微笑んだ。「確かに、この森なら安心して歩けそうね」 エレナの言葉には、ほのかな安堵が滲んでいる。 人が住む場所が広がるにつれて、安全面への配慮がより重要になっていく。きっと仕方のないことなのだろう。それに都会に住む人たちは本来の森の姿をそもそも知らないはずだ。求めていないのかもしれない。「原生林はどこにあるの?」 リノアが問いかけると、セラはわずかに首を傾げた。「原生林?」「人の手が加えられていない森のこと」 リノアはその言葉に想いを込めるように言った。 セラはしばらく考え込むように森を眺め、それから静かに答えた。「ほんの一角だけなら残ってる。だけど、中には入れないかな」 どこか遠い世界を想うようにセラが話した。

  • 水鏡の星詠   管理された静かな森 ③

     三人は黙々と進み続けた。 徐々に夕暮れが森を橙色に染め、やがて空が深い群青へと染まり始めた。 霧は夜の冷気と混じり合い、ひんやりとした空気が肌に心地よくまとわりつく。 静寂の中、足音だけが規則的に響いた。 集落を後にしたのは、まだ陽が傾き始める前だった。 普通なら、長老たちが旅の危険を説き、引き留めたはずだ。しかし、その発言は聞かれなかった。 その理由はよく分かる。アークセリアに近づくに連れて安全性が高まることを、村の人たちが十分に理解していたからだ。 セラによれば旅人のための宿泊小屋が所々にあるとのことだった。それは、ここに住む人たちが築いた小さな拠点だ。 森の奥へと続く道は確かに険しい。しかし、その先には整えられた小屋が点在し、旅人が安心して夜を過ごせる場所が用意されている。 アークセリアまでの道程を考えれば、夜通し歩くわけにはいかない。 獣道を進むうちに、やがて整備された道が現れ始めた。人の手が加わった証── 石垣が組まれ、獣の足跡よりも人の足跡が多く残る道。進むごとに、その変化はより顕著になった。 三人はその安全圏へと足を踏み入れて、なおも夜の静寂の中を進み続けた。「小屋が見えて来たよ」 セラが木立の中の開けた場所を指さした。 簡素ながら頑丈な造りで、薪が備えられている。水は近くの川で十分に賄える。野生の森と文明の境界を示すかのような存在だ。 そこは大きな岩が風除けになるように並び、寝るには悪くない場所だった。扉は開け放たれており、誰でも休めるようになっている。 遠くの小屋から微かな火の灯りが漏れていた。「ここ良いね。霧濃くて、風が弱い。落ち着いて休めそう」 リノアは肩の荷を下ろし、長い息をついた。 集落を出る時に幾ばくかの食料を貰っている。リノアたちは手を合わせて食事を済ませると、それぞれ落ち着く場所を見つけて、夜の静寂へと身を委ねた。 遠くで獣の鳴き声がかすかに響き、森の鼓動が夜の帳の中で静かに息づいている。 アークセリアには明日、辿り着く。

  • 水鏡の星詠   管理された静かな森 ②

     穏やかな空気の中、リノア、エレナ、そしてセラの三人は静かに歩を進めていた。 冷たい湿気が肌にまとわりつき、薄く張った霧のヴェールが景色を柔らかく包み込んでいる。 三人の影が光の中に溶け込んでいく中、不意に木々の隙間から動物たちの視線を感じた。 ひょっこりと顔をのぞかせる動物たち── 葉擦れの音と微かな足音、そして草むらが波打つ微かな音だけが聞こえる。 彼らは警戒する様子はなく、こちらを見つめるばかり。その姿からは緊張感も敵意も感じられない。 ここは滅多に人が通らない道なのだろう。あまり人間を警戒している様子がない。ただ、動物たちは好奇心に駆られて様子を伺っているだけなのだ。 動物たちが静かに息づいている── 彼らは、リノアとエレナが住むクローブ村に生息する動物たちにそっくりだ。しかし、どこか様子が異なるようにも思える。 リノアたちは、その視線を背に受けながらも立ち止まることなく歩を進めた。「やっぱり霧が薄いね」 エレナが遠くを見据えて呟いた。 集落の周辺も霧が薄いように感じられたが、ここは更に霧の濃度が薄まっている。 これまで歩んできた道に比べると、視界が開けているのだ。クローヴ村の森の濃さとは比べ物にならない。 アークセリアは比較的、大きな街として有名だ。開発が進み、人の手が加えられている。その影響で霧が薄くなっているのではないか。 アークセリアに近づくに連れて、霧が薄くなっているのは、それが原因だろう。 森に変化を加えたら、森の湿度も変化する。霧が薄くなるのも当然だ。「それにしてもセラ、すごいね」 リノアが先を行くセラに言った。 リノアが慎重に岩を登る横で、セラは一瞬の跳躍で頂に立ち、振り返って微笑んでいる。 獣道は険しく、岩や木の根が無秩序に絡み合っているというのに、セラは意にも返さない。「こんな道でも、舞踏の動きが生きるなんて」 舞踏で鍛え上げたしなやかな身体が軽々と岩を跳び越え、木の根を滑るように避けていく。 その姿は、さながら風と共に駆ける鳥のようであり、揺れる草のように軽やかだ。 照れ笑いを浮かべたセラは、肩にかけた布製の袋を優雅に整えると、そのまま軽やかに歩を進めた。 その動きに呼応するように刺繍が施された布地がしなやかに揺れる。「アリシアに教わったの。どんな障害もリズムを掴めば乗り越えられるっ

  • 水鏡の星詠   管理された静かな森 ①

     リノアとエレナはバルドと住民たちに深く礼を言い、セラを連れて獣道の先へ踏み出した。地図によれば、アークセリアは二日先。険しい山道を越えていかなければならない。 後ろを振り返ると、集落の人々が見送っているのが見えた。 それぞれの顔に浮かぶのは、信頼と期待、そして別れの寂しさ。 エレナはリノアの隣で静かに立ち尽くし、唇を噛み締めている。 セラは背筋を伸ばし、落ち着いた眼差しで村の人々を見つめた。 バルドが静かに手を挙げると、それに呼応するように集落の人々も次々と手を挙げ、別れの挨拶を送った。 リノアが、それに応えるように大きく手を振る。「必ず、異変を止めてみせます」 この場所を守るためにも──森の異変の核心へ立ち向かわなければならない。 リノアは深く息を吸い込み、しっかりと彼らの姿を胸に刻み込んだ。 エレナとセラも手を振り、そして再び歩み始めた。 集落の人々の姿が遠ざかっていく。 リノアは無意識に足を止めそうになる自分を制し、前を見続けた。まだクローブ村では、やれることはあったが、先に進まなければならない。 バルドはいつも冷静で頼れる存在だった。 負傷者のために必要なものを手配し、村の者たちを的確に指揮するその姿―― 彼の判断力と落ち着いた言葉は、混乱の中にある人々に安心をもたらした。 リノアたちが助けを求めた時、バルドは迷うこともなく応じていたが、負傷者の手当も、崩落現場の修繕も、本来なら集落とは無関係だ。それは義務ではない。 バルドは断ることができる立場にいた。断る理由なんて、幾らでも考えることができるというのに……。 それでも、バルドは手を差し伸べてくれた。 バルドだけではない。集落の人々もまた、自分たちだけのことを考えるのではなく、困難に晒された者たちへ惜しみなく協力を申し出た。 互いに支え合い、困難の中でも立ち上がる強さを持った人たち──。彼らの助けがなければ、リノアたちは前へ進むことができなかっただろう。 あの村は小さな集落だったかもしれない。だが、そこに住む人たちの心は広大で温かかった。 彼らの想いが、リノアの足を前へと進ませる。 霧が薄れ、木々の間から差し込む光が道を照らし出している。だが、リノアの心にはヴィクターの影が暗く心に残っていた。 ヴィクターの怪しい行動と森の異変── この二つは切り離すこと

  • 水鏡の星詠   セラの帰還とアークセリアへの旅 ⑦

    「森の異変に関しては我々よりも君たちの方が詳しい。こちらのことは構わず、君たちのことを優先してくれ」 バルドはリノアたちを見つめながら言葉を紡いだ。 リノアは深く息を吸い、そして周囲を見渡した。 集落には負傷した人々がまだ残っている。 怪我を負った人たちを置いていくのは心苦しい。だれど……ここは集落の人たちに託そう。ヴェルナに会って、鉱石のことを確かめなければならない。「分かりました。バルドさん、必ず森の崩壊を止めて見せます」 崩落現場の旅人たちのうめき声や傷ついた姿が脳裏に蘇る。 リノアは深く息を吸い込み、視線を地面へと落とした。「ごめん、みんな……でも、この異変を止めないと、この集落もクローヴ村も、すべてが飲み込まれてしまう」 拳を握りしめ、リノアは絞り出すように言った。 すると、リノアの様子を見ていた一人の老人が、ゆっくりと前へ歩み出てきた。「君たちがいてくれて本当に助かったよ。あとは私たちが何とかするから」 深く刻まれた皺の奥には、長年培われた知恵と誇りが滲んでいる。目を細めて、リノアたちを見つめるその表情には、リノアたちへの温かな思いやりが込められていた。 老人に続いて、負傷者の手当てをしていた村の女性が微笑みながら言葉を紡ぐ。「この集落を託せる人がいる。それだけで十分よ」 穏やかだった空気が次第に動きを持ち始める。人々の視線が交わり、言葉にならない思いが広場に満ちていく。 リノアの胸にあるのは、集落の人々への感謝、そして背負うべき責任だ。「君たちが異変を止めてくれれば、それが何よりの救いになる。気をつけてな」 バルドは瞳に揺るぎない信頼を宿しながら、穏やかな声で言った。 リノアたちは広場を見渡し、負傷者たちが適切な処置を受けているのを確認した。「それではバルドさん、みんなを頼みます」 リノアは背筋を伸ばし、まっすぐバルドを見据えた。その声は柔らかくも力強く、広場の人々にしっかりと届くかのようだった。 しかし、リノアの指先はかすかに震えていた。それは、この場を去ることへの緊張と責任を負う重さから来るものだ。 リノアは深く息を吸い込み、その震えを鎮めた。再びバルドの表情をじっと見つめ、彼の力強い頷きを確認すると、ゆっくりと大きく息を吐いた。 旅立ちの準備は整った──「セラ、準備して」 エレナがセラに声をか

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